妖のおはなし:泥田坊(第四話)

泥田坊(どろたぼう)生息地: 東北と江戸

 「むかし北国に翁あり、子孫のためにいささかの田地をかひ置て寒暑風雨をさけず時々の耕作おこたらざりしに。この翁死してよりその子酒にふけりて農業を事とせず、はてにはこの田地を他人にうりあたへれば、夜な々々目の一つあるくろきものいでて、田かへせ々々とののしりけり。これを泥田坊といふとぞ」・・・これは妖ばなし泥田坊のオープニングに登場した鳥山石燕「今昔百鬼拾遺」の泥田坊の一節です。東北のある老人が子供の為に田を残して死んだがその息子が怠け者で農業をやらず、酒ばかり飲んでいて挙句に田んぼを人に売り渡した、すると夜な夜な田んぼから一つ目の黒いモノが現れて「田を返せ、田を返せ」と罵る。とあります。

泥田坊は本来三本指で人間の指は二つの美徳と(智慧、慈愛)三つの三毒(瞋恚、貪婪、愚痴)を示し、だから鬼の指は三本で有るとされておりまして、目が一つ指が三本の泥田坊は怨念の塊の一眼鬼であるともとれるのですが、田の神が片目だからなのかもしれないです。

鳥山石燕の絵は吉原遊郭を風刺した言葉遊びの駄洒落から生まれた物だとする研究者の方いらっしゃいましてそれによると北国とは新吉原を指す言葉とされておりましてということは泥田坊は北国の話では無く江戸の話ということになります。というのも東北地方に泥田坊の伝説資料が見当たらないからです。しかし石燕は、むかし北国に〜と書き始めてますので石燕の時代には北国に泥田坊の伝説は有ったのかもしれません。ただ伝説が無い今、その想像の域を出ません。

泥田坊がどのようなバックボーンをもっていようがそのデザインは素晴らしく、如何わしい懐かしさに満ちております。ファンも多い為か何度か映像作品にも出演しておりまして、1968年の大映映画「妖怪百物語」の泥田坊も素晴らしいが、1975年或いは1976年頃の日本テレビの「お昼のワイドショー」と云う番組の夏休みの特集に「あなたの知らない世界」と云う番組があり着ぐるみを使った泥田坊の再現フィルムが有りまして良く出来ていたのでもう一度観てみたいです。

(妖ばなし文芸部/文責:杉本末男(chara)・イラスト:けんじゅー)

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